カッツモデル(Katz model)とは、1950年代に経営学者でハーバード大学教授のロバート・L・カッツ(Robert L. Katz)氏が提唱した『役職に応じて必要とされるスキル』についてのフレームワークを指します。
カッツ理論が提唱されてから半世紀以上が経過しているので、中には「カッツモデルはもう古いのでは?」と考える方もいるでしょう。
しかし、カッツモデルは現在でもさまざまな企業で幅広く利用されています。
その現状を見ると、時代が変わったからこそ人的資源管理(HRM:ヒューマン・リソース・マネジメント)が重要な課題であることを示しているといえるでしょう。
中途採用や転職など、人材が流動的になる中、人材の確保や補完、適切な育成や配置の重要度が一段と増しています。
今回は、人事指標としてカッツモデルを導入するメリットや、職層に応じて必要となる3つのスキル、カッツ理論の活用法について解説します。
カッツモデルを導入するメリット
労働力人口の減少が止まらない状況下で、コスト管理や業績管理とともに、人材は質・量ともに企業の資源です。
効果的に人材を教育し、過不足なく配置することは、経営マネジメントに不可欠でしょう。そして、評価する側とされる側、両者にとって共有すべき人事指標としてカッツモデルが優れているのです。
業務の成績であれば数値化は容易ですが、部下のマネジメント能力や、これから昇格する人材の管理能力はどのように測るべきでしょうか。
カッツが提唱するカッツモデルは、職層に応じたスキルが提示されています。概念的なスキルであっても
人材育成で伸ばすことができますし、昇格を目指してロードマップを作ることも可能です。
ここからカッツ理論を導入するメリットについて見ていきましょう。
- 人事査定の指標となる
- 人材育成・配置の目安となる
カッツモデルのメリット:人事査定の指標となる
人事指標には客観性や明確性が必要です。評価に対する不満や、昇格の不公平感、現場で必要な人材と人材配置の不一致などは、よく生じる事象でしょう。
数値化できる部分以外の個人的なスキルについて、目標基準や指標があることで各人のレベルや達成度が明確になります。
カッツモデルのメリット:人材育成・配置の目安となる
優れたスキルを有し、現在の業務で能力を発揮していても、上位に昇格すると担当業務の優劣を超えたスキルが必要です。キャリアアップしたために、それまでの経歴で獲得した成功法則が通用しなくなるという壁も存在します。
昇格とともに重要度が増すヒューマンスキルやテクニカルスキルを伸ばすには、業務実績と同じように一定の目安が必要であり、評価する側、される側、両者から見て一致する指標が求められます。
また、研修の回数を増やしたために現場への負担になってしまったというミスマッチも起こりやすい事象です。
指標の導入によりその職掌で必要なスキルや習熟度が分かりやすくなるため、「人事評価のズレ」「登用のミスマッチ」を減らし、足りない能力を専門職員で補う、AIを導入するといった対策も可能です。
研修についても的を絞った教育計画を立案できるようになり、状況によっては業務のDX化の必要性も明確になります。
カッツモデル3つの職層
上記のようなメリットのあるカッツモデルでは、人材を3つの職階と3つのスキルに分けて考えます。実際に運用する際、職種や人員によって適用範囲を広げることもあります。
ここから3つの職層とスキルについてご紹介します。
【3つの職層とスキル】
- トップマネジメント(幹部クラス)…コンセプチュアルスキル(本質を見抜く能力)
- ミドルマネジメント(中堅) …ヒューマンスキル(対人関係能力)
- ロワーマネジメント(現場責任者)…テクニカルスキル(業務遂行能力)
職階が上がるほどヒューマンスキル、コンセプチュアルスキルなどの高度な能力が求められます。
ロワーマネジメント層
現場チーフなどのロワーマネジメント層には、主任、プロジェクトリーダーなどの管理・監督職が含まれます。メンバー構成によっては主任クラスから一般職員まで含めることも可能です。
ロワーマネジメント層は、上位層からの指示を受け、チームや職場単位で連携しながら業務を遂行します。指示された業務を確実に実行し、直接人材を動かすスキルが求められます。
ミドルマネジメント層
カッツモデルにおけるミドルマネジメント層では、部長や支店長などの管理職を指します。
経営陣が決定した経営方針や戦略に基づいて、業務が円滑に進むように部下をマネジメントするスキルが必要となる層です。
トップマネジメント層
トップマネジメント層には経営陣など、経営方針や戦略の決定に関わる層が属します。企業全体の業績に対し責任を持つ職層です。
カッツモデルの各スキルで求められる能力
ここから、カッツモデルが提唱する各スキルについて、その特徴を見てみましょう。
- テクニカルスキル
- ヒューマンスキル
- コンセプチュアルスキル
とくに重要となるのが[3]コンセプチュアルスキルです。
[1]テクニカルスキル
テクニカルスキルは現場で実際に遂行する際に必要となる実践的な知識やスキルと定義されています。
テクニカルスキルの例
- 接客スキル
- パソコンスキル
- 会計スキル
- プレゼンスキル
- 商品に関する知識
学ぶことで着実に身につけることができるスキルであり、また、経年効果の高いスキルだといえるでしょう。現場で活躍する人材を含め、チームリーダーなどの現場管理職に必要なスキルです。
[2]ヒューマンスキル
ヒューマンスキル
- リーダーシップ力
- コミュニケーション力
- ヒアリング力
- プレゼンテーション力
ヒューマンスキルにはコミュニケーション能力、プレゼンテーション能力、リーダーシップ能力などのスキルが該当します。
社内会議でのまとめ上げ、対外的な営業プレゼンテーション、部下のコーチングの場面など、人と接するケースにより必要な能力は異なるため、職種と立場に応じた「他者に働きかける能力」を指します。
[3]コンセプチュアルスキル
コンセプチュアル(conceptual)スキルには幅広い思考力が含まれ、上級管理職ほど問題解決力や俯瞰力、多面的視野、ビジネスにおける応用力が強く求められます。
上層部になると組織が進むべき方向性や企業規模の問題の解決が必須となり、経営陣としての経験や知識、情報をもとに方針を決定する重要な立場になります。
そのため、トップマネジメント層に必要なコンセプチュアルスキルとして
- ロジカルシンキング(論理的思考)
- 批判的思考(クリティカルシンキング)
- 水平思考(ラテラルシンキング)
これらの能力が重要であり、早期から学び、身に着けていくことが求められます。
カッツモデルを活用した研修
上述のようなスキルは、業務上の成績とは異なり数値化しにくいため、漠然とした表記になりがちです。
そのためカッツモデルの視点で指標を設定し、教育や研修を計画することで、具体的な方向づけが可能となります。
研修方法や育成内容の見直し、フォローアップやフィードバックに活用し、長期的な人材育成につなげましょう。
- テクニカルスキルを重視した研修
- ヒューマンスキルを重視した研修
- コンセプチュアルスキルを重視した研修
[1]テクニカルスキルを重視した研修
テクニカルスキルの習得にはOJTが適しています。業務遂行に必要な知識や技術を身につけるため、経験豊富な社員のもとでの実務経験が非常に有効です。
また、勤務人数の調整が難しい場合は、外部のe-ラーニングを利用し、達成度を人事評価に反映させる方法もあります。
評価される側も、現段階で必要なスキルが明確になり、自身のロードマップや成長への目標になります。
[2]ヒューマンスキルを重視した研修
ミドルマネジメント層ではとくにヒューマンスキルが求められます。
概念的であるため目標を描きにくい面もありますが、集合型研修であれば同じ職層どうしで意識を共有しやすく、グループワークやロールプレイングを交えることで対人スキルへの理解が深まりやすくなります。
また、ティーチングやコーチングなど、自分自身や部下のマネジメントに活かす研修も有効です。
これら中間層は、ヒューマンスキルとコンセプチュアルスキルの両スキルを横断して求められるため、昇格要件として両スキルを発揮できたかという点を基準にする評価方法も想定されます。
[3]コンセプチュアルスキルを重視した研修
コンセプチュアルスキルが必要とされるトップマネジメント層では、論理思考・批判的思考や問題解決力など高度なスキルが求められます。
経営陣は経験から得た知識や情報をもとに、組織の方向性といった規模の大きい問題解決が必須となるためです。
そのため集合型研修だけでなく、外部講師の利用、社外研修への派遣などが想定されます。学ぶ機会や交流の場の拡大など、能力の刺激を受けやすい環境がポイントとなるでしょう。
カッツモデルの注意点
カッツモデルは人事評価や人材育成などに役立ちます。
しかし、実際に使用するにあたって、各職層のスキルの捉え方には注意してください。
例えば、トップマネジメント層で求められるスキルの割合で、テクニカルスキルは少なく示されますが、テクニカルスキルが低下してもよいという認識ではありません。
こういった認識の間違いは失敗に繋がる可能性もあります。
社員が間違った捉え方をしないように気をつけましょう。
まとめ
人材育成には、業務レベルの向上とともに人的スキルの育成も必要であり、カッツモデルの導入により人事計画を整理しやすくなります。
明確なフレームワークがあることで、査定される側の納得感も得られやすいというメリットにもなるでしょう。
人材育成には、社内研修のほか、外部との集合研修やe-ラーニングの利用など、多様なツールを利用できます。
教育・研修が増えると現場の負担が想定されますが、カッツモデルの指標から必要な習得スキルを検討することで、いま現に必要なスキルに的を絞った計画的な教育が可能です。
また、カッツモデルは時代に左右されることなく世界的に利用されています。人事指標の導入により、具体的な指標を社会で共有し、経営戦略や人材マネジメントを進めていきましょう。