近年、第四次産業革命などの産業構造、個人のキャリア観の変化など、企業を取り巻く環境は、大きく変化してきました。
企業が事業環境の変化に対応し、持続的に企業価値を高めるためには、事業ポートフォリオの変化を見据えた、人材ポートフォリオの構築や組織の構築など、
経営戦略と適合的な人材戦略と同時に、企業価値向上に向けた人的資本の非財務情報の活用が重要です。
経産省が、2020年9月に「人材版伊藤レポート」を公表して以降、企業の中で人的資本関連の課題が注目されるようになりました。
デジタル化や脱炭素化、コロナ禍における人々の意識の変化など、非財務情報の中核に位置する「人的資本」が、実際の経営でも課題としての重みを増してきています。
世界では以前から、人的資本情報の開示が進んでいましたが、その傾向は継続しています。
国内でも、2021年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードにおいて、人的資本に関する記載が盛り込まれました。
経産省は、「人的資本経営の実現に向けた検討会」を設置し、持続的な企業価値の向上を目指し、経営戦略と連動した人材戦略について議論を重ね、「人材版伊藤レポート2.0」を2022年5月に公表しました。
人的資本・人的資産と情報開示における日本の動向、企業サイドの姿勢
人的資本とは、物やお金が一般に資本と呼ばれるように、人間の持つ能力を資本として考える経済学の用語です。
企業においては、採用や研修、労働安全といった「人材」にまつわる様々なエリアのことを指します。
2020年8月、米国証券取引委員会(SEC)が、上場企業に対して、人的資本に関する情報開示を義務化しました。
日本でも、2021年6月に行われた、東証のコーポレートガバナンスコードの改定により人的資本の情報開示がが義務化されました。
どの企業も、今後対応していく必要があります。
資本の定義・人的資本とその他の資本との違い
ここでは、資本の定義や、人的資本とその他の資本との違いについてご紹介します。
資本とは
資本とは、基本的に「投資」の対象のことです。
資本に対して投資を行うと、将来の価値を増幅できると考えられています。
資本には、土地や建物、機械、貨幣などの、有形財産からなる「有形資本」と、従業員の有する特殊な技能や著作権といった、無形財産からなる「無形資本」があります。
人的資本とその他の資本の違い
人的資本は、「無形資本」に分類できます。
人的資本は、人件費や従業員数として数値化することが出来ます。
「有形資本」に属する「財務資本」や「製造資本」のように、資本効率を機械的に上げることはできませんが、人材にうまく投資を行い、高い資本効率の達成も見込めるのが、人的資本の特徴です。
「人」に関する資本のため従業員の能力、意欲などをうまく使えば、少ない人数で売上を改善することも期待できます。
無形資本の標準的な分類方法では、人的資本に加え、
・知的資本
・社会・関係資本
・自然資本
という、3つの無形資本が存在します。
「知的資本」は、組織的な知識ベースの資本で特許権や著作権などが、代表例として挙げられます。
「社会・関係資本」は、個々のコミュニティや多様なステークホルダーとの関係で、個別的・集合的幸福を高めるため、情報をシェアする能力のことをいいます。
「自然資本」は、空気や水、土地、鉱物、森林など、再生可能および再生不可能な環境資源やプロセスなどのことです。
企業は、人的資本を含めた6つの資本がどのように増減しながら、相互に影響しあっているかを把握し、外部とコミュニケーションしていく必要があります。
ESG投資への関心の高まり
人的資本の開示が活性化した背景として、ESG投資への関心の高まりがあります。
ESG(イーエスジー)は、「Environment」「Social」「Governance」の頭文字から形成された造語です。
近年は、企業が長期的な経営戦略を考慮するとき、「二酸化炭素の排出量の削減」「積極的な情報開示」など、ESGに取り組む必要があるという考えが定着しています。
ESG投資においては、企業の財務指標だけでなく、「環境への配慮や社会と良好な関係を築けているか」「企業の統制がきちんと取れているか」といった、非財務指標も加味して投資を進めていきます。
そのため、「Social(社会)」に該当する企業の人的資本の開示が求められてきます。
人的資本・人的資産は年々重要性が増している
米国証券取引委員会は、2019年に『Recommendation of the Investor Advisory Committee Human Capital Management Disclosure March 28, 2019(投資家諮問委員会の勧告 人的資本管理の開示 2019年3月28日)』を発表しました。
その中で述べられている、米国の代表的な株価指数「S&P500」の市場価値の構成要素を参考に考えると、1975年当時、有形資産の割合が8割超ですが、1990年代になると、無形資産の割合が7割近くまで増加しました。
2000年以降は無形資産の割合が8割を超え、増加傾向が続く無形資産の中でも、特にその重要性が増しているのが、人的資本だと言われています。
ESG投資への関心の高まりやISO30414の策定などを背景に、人的資本の開示の動きが活発になっています。
これから本格化の予想される代表的な企業としての施策
「守り」に視点を向けたデータ収集、開示サイクルの定着
多様性や働き方などの、共通化した項目に関する情報を収集し、開示する体制を整えることが初めの一歩です。
例えば「女性活躍推進」や「男性育休」は、投資家だけでなく採用市場においても、市民権を獲得しつつあります。
競合他社や労働市場における標準と比較し、課題となる点を分析し、改善するサイクルの定着が目的です。
戦略性の高いKPI・目標設定、社内での対話の推進
次に、開示内容に対して、戦略性やストーリーを含めます。
女性管理職〇%、男性育休取得率〇%が実現された場合、企業はどのように成長するのか、そもそも実現可能性は存在するのかなどを、企業の成長戦略や人材戦略との関係性を正しく理解できる、KPIや目標設定を進めることが一例です。
軸を絞って項目を開示した上で、制度や組織文化と連動させ、従業員が共感やメリットを感じ、納得できる目標を立てることが重要です。
社内からの、定期的なフィードバックやエンゲージメント調査を利用したモニタリングを行い、離れていく人がいないかなどを確認すると良いでしょう。
まとめ
人的資本の開示は、「企業活動において、人的資本に対する投資の正当性」や「自社が企業として継続して成長できる可能性」を内外に示すため、企業として行う必要性の高い対応です。
ぜひ、人的資本開示に向けた取り組みを、本記事を参考に行ってみては、いかがでしょうか。