Human Resource(ヒューマン・リソース)の略語である「HR」は、日本では人事部・人事担当・人事課をあらわし、「テクノロジーを人事に活用する」という意味の「HRテック」という造語が近年注目を集めています。
「HRテック」は人的資源の調査、分析、管理をテクノロジーを活用して行うことであり、人的資源のパフォーマンス向上のため、「DX:デジタルトランスフォーメーション」の加速に伴い各企業で導入が検討されています。
「DX:デジタルトランスフォーメーション」とは、2004年にスウェーデンのウメオ大学のエリック・ストルターマン教授によって提唱された「テクノロジーが既存の価値観や枠組みを根底から覆すような革新的なイノベーションをもたらし、人々の生活を豊かにする」という概念です。
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HRテックが広まる背景
HRテックガ広まってきた第一の要因として、テクノロジーの急速な発達があげられますが、特に大量の「ビッグデータ」を収集、解析する技術や「クラウド」技術の発達により、専門技術を有していない人でもデータ分析をできるようにしました。
HRテックは、収集した膨大な人事データを活用することにより、社員一人ひとりに適したデータ管理ができるようになり、これまでの社員情報管理とは異なり、膨大なデータの一括管理と活用ができるようになります。
こうした人事データの一括管理は、人員の適材適所配置や能力開発が的確に効率良く行えるようになり、社内教育の質向上や業務効率化、生産性向上などが期待されます。
また「AI」や「RPA」(ロボティック・プロセス・オートメーション:24時間365日、パソコン上の定型業務を処理してくれるロボット)の発達により、人の仕事をテクノロジーで代替できるようになってきました。
日本では2019年から「働き方改革」がすすめられ、新型コロナウイルスへの対応や雇用形態の多様化など、近年の労働環境の変化に対応するため、人事部門が特に改革を求められています。
もはや人事部門は、従来の事務的な雇用管理だけでなく、高度で戦略的な企画業務とも言える部門になりつつあるため、現代の人事部門必須のインフラとも言えるHRテックは導入が急がれます。
HRテックに用いられる主な3つの技術
1.AI(人工知能)
人工知能(AI)という言葉についての厳密な定義はなく、研究者によってとらえ方は様々なようですが、強いて言うならば、「AI」は、人のような知的な情報処理を実現するソフトウェア(プログラム)であるということです。
そしてAIは、HRテックのなかでも「ビッグデータ」の解析に用いられる技術として知られており、たとえば、「営業部で成果を上げている人材はどのような特性があるのか」などのデータ分析を行うことで、評価や配属先の決定に活用できます。
スキルや特性を考慮したうえでAIが営業部に適した人材の候補を選定する、という過程において、AIは属人的(感情的)な要素を排除しつつ、客観的なデータから判断するため、最適な人員配置につなげられるメリットがあります。
また、AIを活用することでアンケートや面談、営業成績などから、退職リスクのある人材を予測することも可能であり、退職リスクのある人材に対して悩みを聞いたり、配属先の変更などのフォローをすることによって、人材の流出を未然に防ぐこともできます。
さらにAIは、RPA(Robotic Process Automation)との相乗効果も期待されており、給与計算や労働時間管理などの事務作業においてもヒューマンエラーがほぼ起こらないという点で、人事業務の生産性向上に役立つツールとして注目されています。
2.ビッグデータ
ビッグデータとは、さまざまな種類や形式のデータを含む巨大なデータ群のことであり「量(volume)」「種類(variety)」「入出力や処理の速度(verocity)」の3つの要素から成り立っています。
ビッグデータは、従来では活用が難しかった非構造化データ(動画や音声など)や、リアルタイム性のあるデータの蓄積を可能にしました。
たとえば、「人材配置」の分析をするうえでは、成果を上げている人材の特徴や持っているスキル・経験などがデータとして活用でき、「退職予測」においては、過去に退職した従業員の退職理由、営業成績の傾向、アンケート調査における傾向などがビッグデータの要素となります。
高度な処理ができるAIも、根拠となるデータがなければ分析や予測ができるはずもなく、様々な処理をするうえで根拠となるビッグデータは大量かつ多様であるほどAIの予測精度は高まります。
3.クラウド
クラウドとは「クラウド・コンピューティング」の略であり、ユーザーがインフラやソフトウェアを持っていなくても、インターネットを通じて、サービスを必要な時に必要な分だけ利用できる概念です。
パソコンやスマホなどのデバイスにインストールしなくてすむ点が、通常のアプリとは異なり、クラウドにアクセスすることで、ユーザーはネットを通じて様々なサービスを手軽に利用することが可能になります。
また、テレワークによってオフィス以外の場所で働く機会が増えたことや、スマートフォンやタブレット端末などモバイル機器が普及したことも、クラウドサービスが求められるようになった大きな要因です。
HRテックの導入事例
1.株式会社セプテーニ・ホールディングス
セプテーニ・ホールディングスでは採用後の人材のミスマッチを軽減するために、過去の膨大な人事データを活かし人材採用の最適化と業務効率化を図っています。
応募者の選考の過程で得られる周囲からの他者評価(360度評価)と、事前に入力してもらう経歴や行動履歴情報などのデータとを基に、入社後にどれぐらい活躍できる人材なのかをAI予測するそうです。
2.NTT東日本
NTT東日本では在宅勤務中の社員と職場の社員とのコミュニケーション円滑化を目的として、株式会社オリィ研究所と共同で分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」のテスト導入を行っています。
在宅勤務中の社員の代わりにオリヒメをオフィスに置くことで、例えば急な会議においてオリヒメを通して音声を伝えたり、遠隔操作によってコミュニケーションをとることができるため、当人が出社しているかのような役割も果たしてくれます。
3.株式会社日立製作所
日立製作所では、2012年度より世界規模の人材データベース構築に着手し、2018年1月より本体と海外現地法人の従業員約5万人を対象に新システムの本格導入を開始しました。
この新システムには、基本情報の他に、スキル、評価、キャリアなど幅広い情報が入力されており、研修記録やキャリアの希望まで見られるため、プロジェクトチームに最適な人材選抜が可能になります。
まとめ
実際にHRテックを導入する場合の注意点は、進化する技術に振り回されることなく、どれだけ「人」のモチベーションや生産性を高められるかに焦点を合わせておく必要があります。
人事業務を再定義することは、生産性向上や業務効率化による業績向上が第一目的であり、どんな目的で何をしたいのか明確にしておかなければ、テクノロジーに人が支配されるような本末転倒な結果になりかねません。
HRテックは人事担当者の負担を軽減し、求職者と企業のミスマッチを防ぐだけではなく、新たな事業展開予測にも十分に役立てることができ、従来の煩雑な事務処理を要する業界にとっても新たなビジネスチャンスをもたらしています。