「ウェルビーイング」(well-being)とは、身体的・精神的・社会的に良好な状態にあることを意味する概念あり、「病気ではない」とか、「弱っていない」ということではなく、「肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態」のことです。
2015年9月の国連サミットの採択内容に記載された国際目標である「SDGs」の17項目中3つ目に「すべての人に健康と福祉を」という項目が設けられ、ウェルビーイングについて考える必要性が高まっています。
企業は社員がウェルビーイングを感じやすい職場を提供することで、個人の業務パフォーマンスや創造性を高め、自身が幸せだと感じる社員は人間関係の円滑化を促進し、企業への帰属意識の向上が期待できます。
「ウェルビーイングデザイン」とは、組織の生産性、創造性、モチベーション向上を目的として、社員の自己裁量を最大化し、働き方を自律的にデザインしていくことと定義されます。
ウェルビーイングデザインが必要な理由
理由①:多様化した価値観
日本の高度経済成長期を支えたのは、企業のために身を粉にして働く社員でしたが、日本経済が成熟期へと変化していくなかで、ワークライフバランスや福利厚生、キャリアプランの充実など、仕事にも「幸福度」が求められるようになりました。
最近は「ダイバーシティ」という言葉も使われるようになり、市場の要求に応じ、企業側も人種、性別、年齢、信仰などにこだわらずに多様な人材の能力を最大限に発揮させようという考えです。
グローバル化が進む今後は、様々な考え方やバックグラウンドを持った人とコミュニケーションをとる機会が増えるため、それぞれの能力をフルに発揮させるためには、多様性を認め合うことと、ウェルビーイングが必要だと考えられています。
理由②:働き方改革
2019年4月からおこなわれるようになった「働き方改革」では、長時間労働の是正や、多様で柔軟な働き方ができるように改革していくことが推奨されています。
そのため「働き方改革関連法」が段階的に施行され、企業に対して「時間外労働の上限」「年次有給休暇の確実な取得」「同一労働同一賃金」などが義務付けられるようになりました。
従業員の健康を守ることは、他の企業との差別化にも戦略的に取り入れられることでもあり、いわゆる「ブラック企業」の是正に、働き方改革およびウェルビーイングが深く関わっています。
理由③:慢性的な人材不足
企業における「人手不足」とは、業務を行う上で必要な人材が集まらず、思うように業務が行えていないような状態であり、日本の生産年齢人口(15〜64歳)は1995年をピークに減少傾向が続いており増加の見込みがありません。
人手不足が起きる要因は、単なる従業員数の不足だけでなく、就労条件や・産業構造の変化が、職場内での人材のミスマッチを生んでいるということも考えられます。
「中小企業白書」によると、事務職、運搬・清掃などの職業では有効求職者数が有効求人数を大きく上回っているのに対し、販売・サービス・介護関係の職種では逆の状況が続いており、本人がやりたい仕事と実際の業務とのギャップが人材のミスマッチを生んでいます。
ウェルビーイングデザインのメリット
メリット①:離職率の低下
離職率とは、ある企業で就業している従業員数に対してどれだけの人が一定期間のうちに退職したかを示す割合のことをいい、一般的には一年間を対象に算出するケースが多いようです。
離職率はその職場の「働きやすさ」を示す一つの指標であり、人手不足の折には、無理な体制で業務をすすめなければならない労働環境の悪化が連鎖的に起こってしまうため、企業は離職率を下げるように努めなくてはなりません。
ウェルビーイングデザインにより職場環境の満足度が上がれば、離職者の減少や従業員の定着に繋がり、スキルを持った人材の流出を防ぐことができます。
メリット②:生産性の向上と経費削減経費削減
ウェルビーイングが推進されると、職場環境の改善が従業員の幸福度を増幅し、仕事の生産性が高まり、会社の業績アップが期待できます。
アメリカ精神医学会の調査によると、モチベーションの落ち込みは業務生産性が35%低下する可能性があるというデータもあり、精神的に健康でない場合、仕事の生産性が落ちることがわかっています。
従業員の健康管理を経営視点から考え、戦略的に実施する経営手法は「健康経営」と呼ばれ、これからの経営手法を考えるうえで非常に重要な概念です。
メリット③:優秀人材の採用
労働力人口のさらなる減少を背景に、待遇や福利厚生を充実させても、優秀な人材を採用することがこれまで以上に難しくなっています。
近年では、大企業より特に中小企業の方が深刻な人手不足に陥っていることが指摘されており、中小企業では特に少数精鋭の企業体制が求められます。
そして優秀な人材の中には「病気治療」「育児」「介護」などの条件が満たされず採用に至らないケースも多く考えられるため、ここでもウェルビーイングの考え方が求められるようになります。
ウェルビーイングデザインの具体例
①コアなしフレックスタイムでの勤務
一般的なフレックスタイム制には「この時間からこの時間までは、必ず勤務していなければいけない」と決められた時間である「コアタイム」が設定されていますが、コアタイムを撤廃することで、社員の裁量に任される範囲がより広い働き方になります。
社員は勤務に関する時間的な拘束に不都合を感じずに済み、肉体的・精神的負担が軽減され、介護や育児との両立を迫られる社員も、高いパフォーマンスを出しやすくなります。
ただし、出退勤時間を自分で決めるとなれば、計画性も必要になるため、社員がこれまで以上に業務進捗管理を真剣に行う必要があります。
②健康的な昼食による生活習慣病の予防
会社の福利厚生で健康的な食事や社食を用意する企業も増えてきており、社員を健康面でサポートする姿勢が、労働意欲や高いパフォーマンスを引き出します。
その他、食事を一緒にするスペースを提供することで、社内のスムーズな人間関係の構築やお互いの健康状態を知るための良い機会にもなります。
③専用オフィス空間を整備
オフィスの作業空間に様々なスタイルのスペースや家具を用意することで、コミュニケーションが活性化され、新たなアイデアやシナジー効果が生まれやすい環境になります。
また自然光の変化に近い照明のリズム(サーカディアンリズム)や、時間帯によって変化する照明で体内リズムを整えるなどの、照明をウェルビーイングデザインするのも一案です。
観葉植物などの癒し効果とリラックス効果を促進できるようなスペースを用意するのも効果的と言えますし、職場の備品などもウェルビーイングデザインとして有効です。
まとめ
リモートワークが拡大していますが、それに伴って精神面の不調やストレスを抱える事例も多く聞かれるため、業務過多や過剰ノルマにならないよう企業と社員が相互に真のウェルビーイングを理解している状況が望まれます。
そもそもウェルビーイングは、医療や看護、社会福祉の現場でよく用いられる言葉でしたが、企業経営が「人の健康や幸福」を重視してこなかったために様々な労働問題が生じるようになってきました。
もはや社員の健康に配慮することは、経営課題であるという考えが近年常識となっており、社員の健康管理を経営的な視点で考えることや、戦略的に社員の健康増進の施策を打つことは企業の義務という認識が高まっています。
逆に言うと社員の健康や幸福に配慮しないということは、組織の膠着化、結果的に業績不振や企業価値低下につながるため、ウェルビーイングデザイン無しで企業存続はありえないと言えます。